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好きな場所、好きな味
郷土料理家
国政勝子さん
シャッターを切ろうとして、気づいた。
自宅の柿の木から取ってきたという葉に、酢飯と塩マスを重ね、優しく包み込むように握る。
その一連の動作が意外と素早いことに。
「いつ頃からか知らないけど、子供の頃からお盆になったらこれが食べられるのが楽しみでね。
母親が作るのを手伝って、手伝いながらちょっと食べるのが好きだってね」
懐かしい話に耳を傾けていたら、ずらり数十個の「柿の葉ずし」が並ぶまで、あっという間だった。
「今はハレ食として祭や正月でも注文が入ったりします。
最近は年配の方でも作られる方が減って、この下西宇塚でも2軒くらいかな。
なかなか次の世代に伝えていくのが難しい。今の人は作るのがめんどくさいんだろうかなぁ…」
地域の伝統食を残していこうと汗を流してきたが、簡単ではいかなくなった。
旗振り役の勝子さんも傘寿を過ぎ、
「もう今までの半分も体が動けんようになってしまって。カメムシはいいけど、ハエは速いけ、だめじゃなぁ」
そう言いながら、ハエたたきを持って笑った。
岡山県につながる国道53号沿いにある那岐地区。栃本という集落に生まれた。
青年団で知り合った3歳年上の隆昭さんと結婚した。
「見合いでもなく、恋愛でもない。『知り合い結婚』って私が勝手に言いよるんです」と、おどけてみせるお茶目な81歳。
何十年と寄り添ったその男性は今、何かと勝子さんを手伝ってくれるという。
故郷の食を伝えていきたいー。
編み物教室や縫製所をはじめ、衣食住にまつわる活動を続ける中、約30年前に「那岐特産品開発研究所」を設立。
13年前からは自宅横に工房を構え、仕出しや惣菜も作っている。柿の葉ずしは、そんな中で3年かけて改良を重ねた。
「昔は『こけらずし』と言って、マスの身をほぐして混ぜたものだった。味付けもマスの辛味だけで山椒の葉を乗せたご飯を、
桶に3日ほど重石を乗せて味をなじませとった」
それをすぐに食べられるように、ご飯を酢飯にして甘塩のマスと合わせ、仕上げは山椒の実を使うように変えた。
味見をせずして、記事は書けまいと、早速、口に運んでみた。
酢飯のほのかな酸味とマスの程よい塩辛さに、ピリリと山椒が味をしめる。
絶妙なバランスで手が止まらず、気づいた時には「味見」の域は超えていた。
イベントに出品すれば大人はもちろん、大人に「買って」とせがむ子どもも少なくない。
「すぐになくなってしまうんです」
なるほど、勝子さんの手つきの素早さにも納得だ。
「言葉も智頭弁が丸出しだけど、自分の慣れ親しんだ言葉で喋れる。
山も、川も、田畑もあって、空気のきれいなところ。結婚してこの高台に住むようになって、余計にそう思います。
住むとしたらやっぱりいいところなんです」
生まれてこのかた智頭暮らし。自宅からも見える雄大な那岐山をはじめ、
山々に囲まれるこの町で、今日もその味を伝えている。
text & photo:藤田 和俊