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手の届く暮らしと本
本屋
下山雄士さん
智頭の街中を颯爽と駆け抜けるマウンテンバイクを見かけたら、それはきっと下山書店の下山さんだ。
「このあたりは路地が多いでしょう。自転車ならショートカットもできるし、その辺にさっと置けるから乗り降りのストレスもあまりないんです」
大学時代に始めた趣味の自転車が今では配達にもってこいと言う。
今日もペダルを漕いで本を届けている。
「ちょっと変わった本屋さん」「面白い店主さんがいる」と、下山書店の話は前から耳にしていたし、
以前取材をさせてもらった草刈庄一さんが曲げわっぱ作りを始めたきっかけの人だ。これはもう会わずにはいられなかった。
駅から続く河原町商店街をのんびり歩き、店を訪ねてみた。
最初から取材だとかしこまられるのも好きじゃないから、まず突撃してみると下山さんは配達で留守。
店番をされていた奥さんと世間話でいろいろ聞かせてもらっていると、自転車に乗った店主が帰ってこられた。
昭和10年代、祖父が新聞やさまざまなものを売る店として開け、教科書を扱うようになって本屋となった。
以来、町の本屋として親しまれてきた。
下山さんは大学進学で上京し、そのまま会社員に。マーケティングリサーチの仕事に就いた。
「仕事がきつかったのもあるし、親が体調を崩したのもあってね」
継ぐという絶対的な覚悟を持っていたわけではなかったが、流れで家業を手伝った。
本屋で働きながら地元に暮らしていると、「特に居場所もない」と思った町の魅力に気づいたという。
「子どもたちやお年寄りとお餅つきをしたり、ちまきを作ったり。昔から自分もやってきたことを初めて追体験して、気づいたんです。
きれいにつけば餅は美味しいし、薪で蒸せばもち米の味も変わる。小さい頃から見ているそんな当たり前のことがどれほど素晴らしいことか。
何が一番豊かなのかということに」
そう感じ始めてから、だんだんと扱う本も変わってきた。
作家の米原万里や映画監督の西河克己など同町にゆかりのある本を揃えるのも地元書店ならではだが、
下山さんの趣向で自然に関する本や暮らしに関する本が多い。食べることが好きで料理の本もずらり。
何年か前に薪ストーブを自宅に入れてからは類の本も増えた。
「今は暮らしを大事にしたい人たちも増えてきた気がします。割と若い人や町外の人も店に来てくれるので、どんな本を置くか考えます。
来てみて何もないじゃないかと思われたら、こっちの力がなかったということですから」
「この辺りも子どもの数が減り、姿を見なくなった。家にいるのかもしれないけど、宙ぶらりんで遊ぶ時間が減っているんでしょうね」
時代の変化を危惧する。そんな中、この秋には新しい図書館ができることもあり、本がより町民に身近になるのは嬉しい話題だ。
「本だけでなく、自分の時間をどれだけ過ごせるか。居心地の良い空間であってほしい」
熱心に学ぶことも、日々の生活を豊かにすることも本の役割。本を通じて何ができるだろうかと考えることも増えたという。
「これからは店にこもっていなくて、もう少し外に出ていろんな人と繋がったり、本を通して何かを繋げたりできたらいいなと思います」
数年前に声をかけて曲げわっぱ職人が生まれたように、誰かの背中をそっと押せることもある。
「智頭の中でも駅に近いこのあたりは、自転車で動ける範囲で生活が完結している。割とそれができる町なんです。
通勤にかかる時間もなく、本屋をでき、こういう暮らしをしていけるのはすごく幸運だなぁ」
薪は知り合いから手に入れることができるし、野菜はどこの誰が作ったものか分かる。
薪割りで汗を流すのは好きだし、お金をかけなくても美味しいものは食べられる。
「暮らしをもう一回見つめ直す。智頭だったらまだそういう暮らしができるんじゃないかと思うんですよね」
下山さんは手の届く暮らしを楽しみ、本で人を繋いでいく。
その本は、またどんな出会いを生むだろう。
text & photo:藤田 和俊