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すべては心の表れ

農家

藤原淳子さん

絶品の野菜がある、と聞いた。それもとても面白い人が作っているとか。
紹介の主はレストラン「山のブラン」で腕を振るう石田創さん。
その興奮気味な口調に興味を惹かれ、それは是非と自宅を訪ねさせてもらった。
そこで僕を出迎えてくれたのは、とびきり笑顔の似合う女性と、とびきり美味い野菜だった。

「まずは食べてみられんとわからんと思ってね。さぁ、食べてみてください」

テーブルの上には、ナス、ピーマン、オクラ、インゲン豆といった、とれたて野菜を使った料理の数々が並んでいた。
お言葉に甘えて一口。また一口。箸が止まらない。頬張った瞬間、口に広がる野菜の旨みや甘さ。
お腹いっぱいになったころ、思わずにいられなかった。どうやったらこの野菜を作ることができるんだろうかー。

淳子さんは高校卒業後、同級生の兄で農協に勤めていた清実さんと結婚。3人の子宝に恵まれた。
「7つ上で存在は知っとって、バドミントンに誘われたのがきっかけだったかな。
働き者でいつも笑顔の人でした」。

農家に嫁いでからも地銀に勤務していたが、
「すごい男社会で、結婚したら早く辞めないかみたいな空気だった。あ、なんぼでも代替品はあるんだと。それが悔しくてね」。
負けん気に火がつき、頭取表彰を何度も受けるほど仕事に没頭した。
退職したのは45歳の時。「家の田畑は両親がやっていたんだけど、高齢でできなくなってね。私には無理だと思っていたんだけど」。
見よう見まねの土いじりが始まった。

その野菜作りは、いくつか秘密がある。
「弟が牛を飼っているの。智頭の杉皮を牛舎で牛に踏ませてね。それが堆肥になるから野菜の根元に入れたりするのよ」
と〝杉の町〟らしい工夫を凝らせば、虫除けには焼酎とニンニクとヨモギを混ぜた自家製のものを使う。
人工的な肥料や農薬を極力使わない。そして、たっぷりの愛情を注ぐ。いたってシンプルなことをやり続けている。
「大きくなってくれよなぁ、嬉しいなぁ、ありがたいなぁ。って愛情込めて声をかけながらやってる。言葉ってすごいですよ」。
孫を思うような優しい顔になる。

「ずっと休まず、畑を6カ所くらいかけづりまわっとる。健康なのが取り柄」。
そんな明るい淳子さんにも辛い時期があった。
不意にハーモニカを持ち出し、「お父さんが亡くなった時は、これをポケットに入れて散歩して吹いたんです」。
5年前に最愛の夫が他界。
「急に倒れて、急いで病院に向かったんです。その途中で息が途絶えたんですけどね、1時間経って私が着いた時に息をしてくれたんです。
あぁ、私を待って応えてくれたんだと思った」。
その時期から段々と考え方が変わった。

「思いを変えたら幸せですよ。何も揃ってないと思えば不幸だし、足りてると思えば幸せ。
近所の人が『あの美味しいナスはないかや』と言えばあげて、喜んでもらうのが好き。今は本当に好きなことを自由にさせてもらっているんです」

いつも感謝する心を忘れない。
右も左もわからない自分に近所の人が農業のいろはを教えてくれ、夫を亡くした時には妹が毎日寄り添ってくれた。
周りの人があって、自分がある。
「嫌な人や苦手な人も、あの人は私を磨いてくれる人だと思うのよ。ありがとうございます、って。
月はいつも丸いけど、人が見るのは見えている形だけじゃない? 人も同じ。人はまん丸だけど、心の陰で見えなくなる。
どう捉えるは自分の心次第。全ては心の表れなんですよ」と、教えてくえた。

畑を見せてくれ、慣れた手つきで収穫。作ったものは、作り手を表す。
なるほど、どこまでも前向きに、明るく生きる、淳子さんの野菜だ。
「何人家族?はい、これ持って帰ってね。また遊びに来てください」。
抱えきれないほどの野菜を手渡され、丸っこい笑顔で見送ってくれた。

text & photo:藤田 和俊