people

file.13

ゆる〜く、優しいごはん

シュフ

古谷直美さん

直美さんのごはんは、なんでこんなにおいしいのだろう。
単純においしいだけでなく、ゆっくり、じんわりと体に染み渡るような味なのだ。
「あっはっはー」と冗談を飛ばしながら、誰にでも明るく接する人柄がそのまま表れているかのよう。
食べると優しい気持ちになる、そんな味だ。

「料理教室を頼まれることもあるけど、いつも目分量だからどのくらい入っていたかわからなくて、このくらいかなーなんて言っていてね。
いつまでも成長せんなぁと思うのよね(笑)。よく言っているのが『私はシェフじゃなくて、シュフ(主婦)』。
プロの料理人じゃなくて、お母さんが子どもに食べさせる感覚で出しているの」

夫と双子の女の子の4人暮らし。
「一日の大半は台所に立っているから、ほとんど腰を掛けることがないのよ」というように、
薪ストーブの前で気持ちよさそうな猫とは対照的に、飼い主は定位置で慌ただしそう。
取材日の月曜日は森のようちえん「まるたんぼう」の給食があり、おいしそうな香りをまとった湯気がそこら中に上がっていた。

「季節のものを料理していると、作るのも好きだし、たくさんのものを調理しないといけないから。
なんだかんだとゆっくりする間がないのよ。昨日も大根を30本くらいもらってきちゃってねー。
よく料理雑誌とかで『大根まるごと一本使い切り』なんてあるけど、うちなんて30本もあるのよ、どうするのよもう(笑)」

料理を仕事にしたのは、智頭に来てから。
母の実家が島根県の山間部にあり、いつかこういう場所で暮らしたいと思っていたという。
都会でOLや保育士などいろいろ働いたが、自分に正直になろうと決めた頃、智頭町に出会った。
本人にすれば引越しという感覚だったが、まだ移住という言葉も聞き慣れない20年前、
都会から来た独身女性の存在に小さな町の反応は大きく、町おこしの流れも重なってオープンしたカフェも想像以上に忙しかったという。

「精神的にもまだ若かったなぁ。その頃思い描いていた理想の形があって、
田舎でのんびり暮らしていこうと思っていたのに、日々をやりこなすだけで精一杯。
そんな辺ぴなところにわざわざ来てくださることを、感謝ややりがいに結び付けられなかった。自分のことしか見てなかったんだろうなぁ…。
大型連休の時なんて夜中まで泣きながらケーキを作っていたもの(笑)」

結婚を機に、店を閉めて今住んでいる那岐地区へ。
自宅近くにある旧郵便局で、縫製工場として使われていた建物をコミュニティースペース「ぽすと」としてオープンさせた。
持ち前の直感が働き、思い立ったらすぐ行動に移すのが直美さん。

「ここにはなんか惹かれるものがあり、ずっと気になっていて。
大家さんに、使うかどうかわからないけど掃除をしていいですか?と聞いてゴミを片付け始めたら、
その時にはここがいい空間になって人が出入りしている絵が描けたの。やっぱり思ったことは形になると思うんだよね」

30代、40代と歳を重ねるたびに、経験してきたことが自分を作ってきた。諦めかけた時に授かった双子の存在は、愛と感謝を教えてくれた。
毎週水曜日にぽすとで開いているカフェは、子どもたちの名からとって「うたたねや」と名付けた。

「家族であろうが、お客さんであろうが、お金をもらうかもらわないかで気の張り方は違うけど、
自分が作った料理をおいしいと喜んでもらえると、本当にお母さんのような気持ちになる。
だから、かき氷みたいな大盛りご飯にしちゃうし、お腹いっぱい食べて帰りんちゃいよーという気持ちなの。
この頃は、仕事的には忙しくてもありがたさを感じるし、どんどん楽しくなっていて、これは私にとって天職かもしれないと思うの」

20代の頃はこだわりが強かった。
本などで影響を受けた自然な食事を目指し、野菜食ばかりにして、石鹸や洗剤も一切使わず、洗濯は炭で洗った。
こういうのがいいなと思う自分の感覚が、自分で自分を縛っていたというが、「今が一番ゆるい」と言うように変わった。

「もともと私はなんでも食べるの。ある日、お肉のカツと野菜のカツを選べるようにしたら、ほとんどのお客さんがお肉を選んだのよ(笑)。
家でもフライパンに残った小さなお肉のかけらを双子が大事そうに分け合う姿を見たのもきっかけ。
こっちの方がいいんじゃないかと思い込んでいたのは私だったなぁって」

自分の理想だけでなく、周りのことも次第に見られるようになってきた。
「年齢、性別、仕事、住んでいる場所。いろんな垣根がなくなって、個人と個人が繋がっていく感じになれたのは智頭に来てからだなぁ」
智頭に来た当初は小さかった器が、大きくなっていた。

数年前、中学生を前に伝えた直美さんの言葉を今も覚えている。

「どんな仕事も、その人の表現」

直美さんは料理のほかに、20代の頃に旅行の思い出をまとめることから趣味で始めた言葉を紡ぐのも表現の一つ。
カレンダーやカードにして想いを伝え続けている。
そして、最近では智頭で農業をする友人らとフードロスをなくし、地域資源を生かせるように活動していく「お季楽や」を立ち上げたという。

「ここまで苦労とかあったでしょう?とか聞かれるけど、
あったのはあったのかもしれないけど、ゆるくやってきたからドラマティックな話がないのよ(笑)。
智頭に来てどう考えても不安定な暮らしだったんだけど、あまり不安はなかったし、
本当にのびのびとさせてもらっている。ありがたいよね、本当に」

給食を届けに森に着くと、小さな子どもたちが出迎えてくれた。
各々がご飯を食べる姿を愛おしそうに見つめる直美さんは、まるで母の顔だった。
美味しそうに給食を頬張る子どもたちの姿に我慢しきれず、僕も直美さんが作ってくれたお弁当を開けた。

うん、うまい。
優しい直美さんの味だ。

text & photo:藤田 和俊