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背伸びせず、できること

藍染め職人

西山美彩子さん

あっはっは。
あっちからも、こっちからも、楽しそうに声が弾む。
藍染工房「ちずぶるー」の時間は、和やかに過ぎてゆく。

「こんなのんびりした職場は初めてだなぁ…」
最近働きはじめた一人がぽつりと呟くと、また、みんなが大笑い。

「楽しそうでしょう?私たちの中では、遊びも、仕事も、繋がっていること。
ここでは、みんなが求める働き方も違うし、暮らし方も違うけど、
それぞれがこうありたいというやり方でやっていけたらいいなぁと思っています」

代表を務める西山さんは、メンバーのことを話すとき、とても嬉しそうな顔になる。

工房は、江戸時代には参勤交代で使われた旧宿場町にある。
土間になった入り口から奥へ進むと、染液が入った浴槽が3つ。
和気あいあいと話しながらも、せっせと手を動かす彼女たちがいた。

「藍染めといえば濃紺の色を想像する人が多いけど、ちずぶるーの色は昔から少し淡い。
智頭は美しい山々と清らかな川、そして広がる青い空がある。そんな豊かな自然をイメージした色です」

数分間、染液の中に布をつけ続け、手で揉むように馴染ませる。
取り出すと同時にさっと水に潜らせれば、深い青緑色はみるみると変化する。
透き通るような藍色が、水の中を泳ぐ姿に目を奪われた。

自分たちで藍の種から育て、乾燥させた葉を発酵させ、天然染料のスクモを自家製造。
この色を出すため、手間をかけるのを惜しまない。

「藍は葉っぱを一枚一枚、手で丁寧に取ります。
茶色の茎が入るほど色が混ざってしまうので、これを取り除くのが大変ですけど、
色はうちの一番の強みなので手は抜けません」

夏場は朝5時半から藍を刈り取り、全ての葉をより分ける。冬場は手先の感覚がなくなりながら冷たい染液の中に数分間手をつけ続ける。
見えないところで、ひたむきに藍と向き合う時間がある。彼女たちの藍色になった爪先を見るたび、そんなことを思う。

兵庫県出身。海外の貧困問題などに関心を持ち、作物が育ちにくい地域でも農作物が栽培できる技術を学びたいと鳥取大学農学部に進学。
地域おこし協力隊として智頭町へ着任し、国指定重要文化財の石谷家住宅で働いていた。

この石谷家住宅の奥様が「女性に喜ばれる智頭のお土産品を作ろう」と立ち上げたのが、ちずぶるーだった。
「6千年前からやっている技術で、原材料となる藍と同じ色素を持った植物は世界中にある。世界にも繋がっていけるものだと思いました」
と、藍染めを始めた。

実は、じっくりと話をするのはその頃以来かもしれない。
結婚・出産を経て、現場に復帰すると聞いて工房を訪ねてみると、にぎやかな輪の中で彼女は笑っていた。

「こう見えて、昔から自己肯定感がすごく低くて、自信がなかったんです。
協力隊だった頃は、町の人に認めてもらわなくちゃいけない、しっかりしていなくちゃいけない、とすごく背伸びをしていました。
でも、子どもが生まれて変わったのかなぁ。息子は母親の私をそのままで、無条件に肯定してくれる。
私も必要とされる存在だという安心感がありました」

工房でも周りを見れば、どんどん人や仕事のご縁をつないでいく「はーちゃん」こと柴田さんや、
職人気質で突き詰めるタイプの「やえちゃん」こと境さんら、自分にはない特徴を持ったメンバーばかり。
つい他人と比較し、卑下していた。

「二人とも自分にはないものを持っている。
羨ましいのは羨ましいんですけど、それも受け入れ、自分が平凡であることも認められたんです。
自分は自分でいいというか。はじめてそう思えました」

立ち上げ当初から工房を続けてきた“師匠”たちがこの春に引退。
そのバトンを受け取った西山さんたちは、想いや技術を引き継ぎながら自分たちらしい形を探した。

「ここにはみんな魅力を持った人がいて、求める暮らし方や働き方はいろいろ。
子どもが家にいる日は働きたくない人もいれば、時間ぴったりに働きたい人もいる。もちろん、性格や得意なことも違う。
それでいいし、そんなみんなが自分らしくいられる場所にしたい」

仕事と遊び(暮らし方)は切り離すものではなく、くっついているもの。
そんなちずぶるーの柔らかさ、軽やかさみたいなものが人を惹きつけ、3人だった工房は、今や30〜40代の7人に。
最近も、想いに共感した女性が夫婦で北海道から移住してきた。

「藍染めをもっと自分たちの身近な暮らしの中に取り入れたい」という思いが、
智頭の特産でもある曲げわっぱを染めたものや赤ちゃんのスタイなど新しい商品を生み出し、
これからどんどん増やしていくそうだ。

その輪をまとめる彼女自身、以前なら代表という立場に余計なプレッシャーを感じていたかもしれない、と言う。
できないということを認めると見え方が変わり、できることに気づいた。

「山があったとしたら、私はせっせと道を作る人。
そしたらはーちゃんがやえちゃんを引っ張りながら登ってきて、お茶を用意してくれる人もいたり、黙々と登る人もいたりしてもいい。
あ、でも頂上はなくていいかな。終わらない方がいいから。
その人の登り方(生き方やライフスタイル)も変わっていくだろうし、自然にアップデートしたほうがいい」

自然体でいられるのも、仲間の存在は大きい。

「昔、人の感情に敏感なところがあって、友達に本音が言えなくて…。本当の友達ってなんだろうと思っていました。
でも、ここは、全部をオープンにできるし、そういうストレスは全くない(笑)」

どんな山登りになるだろう。
新しいちずぶるーは、確かに歩き始めた。

ある日、工房を訪ねると何やらとても静かなのだ。
しばらくして「はーい」と奥から西山さんが出てきてくれた。

「今日は、はーちゃんもやえちゃんも鳥取市内の展示に行っちゃった。その間に私はこれ。
こういう時にまとめてやらないと、みんなといるとついしゃべり過ぎるから」

素早くキーボードをうつ仕草をして、彼女は笑った。

text & photo:藤田 和俊